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人工知能が目覚めるとき(試し読み版)

by 三世留男

本作はエピソード1です。各エピソードは出版順に4、1、2、5、3、6とお読みいただけると、より一層お楽しみいただけると思います。

一.全ての始まりは夢から

   静かな海

 春眠暁を覚えず。

 愛羽思惟《あいばしゆい》は朝方の明るさを瞼《まぶた》の裏に感じながら、目覚まし時計が鳴るまで眠っていようと考えていた。

「……探して――わたしを探して……」

 思惟は耳慣れない声に振り返った。瞼を閉じているはずの彼女の瞳には海岸が映っていた。

――夢だ

 思惟はつぶやいた。彼女は、夢を夢と自覚する明晰夢の中にいた。

 暑くも寒くもない生ぬるい風が思惟の長い黒髪をたなびかせる。髪の一本一本がオーロラのようにグラデーションを作って揺れる。天頂にある白い太陽からは強い日差しが降り注ぎ、波打ち際にできる泡の一粒一粒に反射してキラキラと細かく砕けた。砂浜をゆっくりと駆け上がる波のザザーという音が心地よく響く。そのさざ波に混じって、その声は聞こえてきた。

「わたしは……探して……お願い……」

 思惟は現実と変わらない夢の風景を見回した。そして耳に手を当てて聞き耳を立てた。

――どこ? もっと大きな声を出して

 思惟は夢の中に居るもう一人の住人に問いかけた。しかしその返事はなかった。

 転落? 突き落とされた?

 二〇四五年五月十日。その日の朝は文字通りの五月《さつき》晴れで、見上げると雲一つない青い空が広がっていた。遮るもののない太陽は、まるで焚きつけるように空気を乾燥させ、いたるところから水分を奪っていく。

 中学三年生の立川陸《たてかわりく》は、乾燥する腕にかゆみを覚えたように爪を立てながら、学校に向かって歩いていた。

 春から梅雨までのこの期間、陸にとって最も快適に過ごせる季節である一方、襲い掛かる眠気に彼の瞼はいつも閉じようとするのもこの季節であった。それを自覚している陸は、いつも額にバンダナを巻くことにしていた。そのバンダナで、油断していると閉じてしまう瞼を無理やりに引っ張り上げているのだ。できるだけ目立たないようにということなのか、バンダナは濃い紫色のものである。

 バンダナでまとめられた短めの髪は天に向かって逆立ち、落ちる瞼をこらえようと眉間に力を入れたその風貌は、いかにも不良少年であった。

 眠気が消えない陸は、歩道をふらふらと蛇行しながら歩いていく。通りを歩いてくる人々はそんな陸の風体を見て、肩をすくめながら避けていった。しかし陸は、そんな周りの様子はおかまいなしだった。

 駅前のロータリーから、いくつかのマンションが並ぶ住宅街に向かって歩いていく。ゴールデンウィーク休暇明けのためか、いつもより人通りが多い。

 少しうつむいて歩く陸は、向かってくる人々の足先を見ながら、器用に避けて前に進んでいく。そこはいつもより人が多いだけの住宅街だった。

 千鳥足で進む陸の目に、多くの足先が飛び込んできた。革靴だったり、ハイヒールだったり、運動靴だったり。その足先は、全て同じ方向を向いていた。

 行く手を遮られた陸は、ぶぜんとした顔を上げた。と同時に、前方を塞いでいる集団のざわめきが耳に入ってきた。

――ちょっと、あれって、もしかして?

――やばいんじゃないか?

――誰か警察!

――なんかの撮影なんじゃない?

 陸はそのざわめきに導かれるように、集団が見上げているほうに目線を動かした。瞬間、陸の目はざわめきの意味を理解したように大きく見開いていた。

 目線の先には、マンション屋上の柵より外――垂直に切り立った壁のへりでもみ合っている二人の姿があった。断崖を背に今にも足を踏み外しそうなスーツ姿の男。それを押し出そうとしているように見えるのは、黒い影のような存在だった。

 陸は急いで目を凝らした。屋上の二人は相撲でも取るように押し合いを続けているように見えた。

 しかし、マンションの屋上は遠く、強い日差しに揺らぐ陽炎でよく見えない。

 固唾を飲む間もなく、スーツ姿の男は壁のへりまで押し出され、両足がそのへりで揃った。そして身体は青空の中に傾いていく。男は傾きながら身体をひねった。黄色のネクタイが青空に翻《ひるがえ》る。その背中を、黒い両手がダメ押しのように触った。

――あっ!

 そこにいる全員が同時に同じ言葉を発した。スーツ姿の男はバンジージャンプでもするように手を広げて落下を始めた。凍り付いたように黙る集団。陸の瞳には、五月晴れの青い空に手を広げる男の姿が映り込む。その光景は、時間が止まったように陸の脳裏に焼き付いた。

 落下する男は、マンション横に駐車してあるトラックの陰に消えた。

 

  平和な食卓

 思惟《しゆい》の目の前には、ゆっくりと身をよじりながら落ちていく銀色の物体があった。彼女の淡褐色《ヘーゼル》の瞳だけがそれを追いかけた。その銀色の物体は、彼女がくわえていたスプーンであった。思惟はスプーンをくわえたまま母由美に向かって、何か思い出したように口を動かしたところ、唇から滑り落ちたのだ。

――キャッチ!

 スプーンがテーブルの上に横たわる前に、思惟はかろうじて両手で受け止めることができた。ほっとしたように眉を上げた彼女の向こうから、由美が細い眉を寄せてぎょろりとにらんでいた。「お行儀の悪い」

「ごめんなさい。ちょっと思い出しかけたことがあったんだけど……忘れちゃった」

 思惟は肩を少しすくめた。二人+一人は夕食を囲んでいる最中だった。

「何の話をしていたんだっけか?」

 思惟の向かい側に置かれた縦長のディスプレイには父慶市郎の顔が映っている。慶市郎は、思惟に話しかけながら自分の頬を指で差した。思惟の母譲りである透き通るように白い頬には、スープの具である細いネギが一つ貼りついていた。思惟の斜め前に座っている由美は、眉を寄せた表情のまま、思惟の頬についたネギを指ではじいた。慶市郎はその様子を見ながら思い出したように言った。

「今の沖縄出張なんだけど、ゴールデンウィーク明けに帰れる予定が、もうしばらくかかりそうだ。火星に行くのはその後になった」

「え! やった! じゃ、沖縄旅行に行ける?」

 思惟は瞳をコガネムシのように輝かせた。

「いや、ちょっと忙しいから思惟の相手はしてられないな。さっき会社から通信があって特命だそうだ。例の『アダム』の調査が長引いてね」

「『アダム』って、あなたが作ったコンピュータの?」

 由美は箸を置いて慶市郎に尋ねた。

「そう、ニュースでやってる例の件」

 慶市郎は「ニュースをつけてくれ」とディスプレイの向こうから由美に声を掛けた。

 由美は「ニュースよ、イヴ」と食卓の隅に置いてある十五センチ程の黒いポール状プロジェクターに声を掛けた。すると食卓横の白い壁に鮮明な映像が浮き上がった。その壁に映写されている映像では男性アナウンサーが今日のニュースを伝えている。

「『アダム』のニュースをお願い」と由美はニュース画面を見つめながら続けた。すぐにディスプレイの画面が切り替わり報道番組が始まった。

 

報道特集『ケーブル切断事件』

 首相官邸に一報が入ったのは五月二日十五時過ぎだった。世間はゴールデンウィークの浮かれた雰囲気の中だった。

「沖縄のミサイル防衛システム『アダム』との通信が途絶えました」

 首相秘書官は大急ぎで米国訪問中の中川首相に連絡を取った。そして首相指示により十六時には官房長官をリーダーとする緊急対策本部が作られ情報収集が始まった。

 ここでミサイル防衛システム『アダム』が沖縄に設置された経緯をおさらいしよう。

 二〇二四年、中国で経済バブルが弾けたことを端緒に、株価が大暴落。世界は未曽有の大恐慌に突入した。しかも同時期に米国で二酸化炭素から効率よく原油を合成する技術が確立し、原油の価値も暴落。これによって原油産業を主とする中東で、生き残りを掛けた大規模な紛争が勃発した。二〇二六年には、宗教紛争、民族紛争が加わって戦火は瞬く間に欧州全土にまで広がった。

 一方、米国は世界の警察の役割を捨て自国優先主義に走り、防衛対象を自国のみに狭めて経済もブロック。米国の介入がなくなった欧州と中東の戦争は長く続き、二〇三五年には中東のイスラム戦線が欧州全土を制圧した。その勢いでイスラム戦線は米国に宣戦布告し、ついに第三次世界大戦が始まった。

 当時の日本はどうだったか。中国発の世界恐慌では、日本は金融破たんを避けるため外貨準備のほぼ全てを吐き出さざるを得なかった。しかし日本の外貨準備の大半は米国債であり、これを売却することは米国経済の混乱を意味する。当然米国と日本の関係は悪化し、同盟関係は有名無実化した。さらに米国の自国優先主義も加わり、日本に駐留していた米国軍は撤退することとなった。二〇三〇年代の世界戦争のさなか、日本の防衛は自衛隊のみで行わざるを得ない事態となったのだ。

 しかし、仮想敵であった中国は経済バブル崩壊に伴う内戦で分裂、ロシアは経済の疲弊と欧州戦線への対応で、それぞれ日本に手を出す余裕はなかったことは幸いだった。日本は、世界から忘れ去られた地域のように、何の干渉も受けることなく世界恐慌を切り抜けることができた。そしてその隙に再軍備の道を模索し始める。特に重要視されたのは、戦略的要衝である沖縄である。その沖縄は駐留米軍が撤退し丸裸の状態で、早急に防衛を固める必要があった。

 そこで、ガーゴイル社の最先端コンピュータ『エンタングルメント』のコピーを沖縄に設置し、それによって沖縄全土を防衛しようとする計画がスタートした。それが『アダム』計画である。二〇三四年、日本政府はガーゴイル社に技術協力を要請。ガーゴイル社からは科学者・技術者チームが派遣され、『アダム』計画がスタートした。

 そして、二〇三八年ミサイル防衛システム『アダム』が完成、『エンタングルメント』と一本の海底ケーブルで接続され、巨大な一個のコンピュータネットワークが誕生した。

 この『アダム』は期待以上の性能を発揮した。最新鋭のミサイル防衛システムだけでなく、沖縄の金融・行政・教育など全てのシステムが『アダム』の制御下に置かれた。沖縄は世界で最も進んだ電脳都市となったのである。

 今回の問題は、その沖縄の防衛システム『アダム』と、ガーゴイル社の中央コンピュータ『エンタングルメント』とを繋ぐ海底ネットワークケーブルが切れたことである。事故なのかテロなのか。対策本部には次々と情報が舞い込み、徐々に状況が判明してきた。

一.断線個所は沖縄の沖合すぐの場所である。

二.ケーブルは鋭利な刃物で切られた痕跡があった。つまり人為的に切断されたことになる。

三.極太のケーブルを切断できるようなケーブルカッターは近くに見つかっていない

四.特注ケーブルのため再接続に数か月かかる

五.『アダム』とは無線ネットワークで外部と少量のデータ通信が可能

六.『アダム』は独自に学習しなおし、すぐに沖縄のシステム全体を『アダム』のみで制御できるようになった

七.犯行声明はなし

 この調査結果に、対策本部には安どの空気が広がった。ケーブルが切断された経緯は不明のままだったが、外部から検査した限り『アダム』は正常に作動しており、ミサイル防衛システムも問題ないように見えた。

 一息ついた対策本部に代わって、報道機関は一斉に海底ネットワークケーブルの切断事件を報じ始めた。報道のトーンは、テロと断定したうえで政府の危機管理能力欠如を糾弾するものだった。

   再度、平和な食卓へ

「ガーゴイル社は今、火星に研究施設を建てる事業が始まったばかりで忙しくてね。今回調査で沖縄にいるのはわたしだけなんだ」

「そう……気を付けてね。今は世界中で戦争が起きてるから……」

 心配そうに慶市郎を見る由美の白い顔が一層白くなったように見えた。

「『アダム』は正常に動いているようだから、そっちより沖縄のほうがよっぽど安全だよ。防衛システムは完璧だからね。それに、今戦争をやっている連中も人間同士が殺し合うなんて無駄なことをやるつもりはないみたいだし」

「それでパパの会社は儲けているんだよね」

 思惟は無邪気に笑った。しかしディスプレイの向こうの慶市郎は伏し目がちに静かに微笑んだのみだった。

「それはいいことなのか、わたしには良くわからないんだよ。結局ロボット同士が戦っているんだ。そしてそのロボットのほとんどを作っているのはガーゴイル社なんだ」

 由美は「ほら」とつなぐ。

「少し前に沖縄県知事がこの近所で突き落とされたでしょ? あれって今回のケーブル切断テロと関係ないのかしら?」

 由美の言葉に反応したポール型プロジェクターが映像を切り替えた。番組がワイドショーに切り替わった。その番組は沖縄県知事転落事件の特集であった。

 番組では、妙齢の女性やどこかの大学の先生、政治評論家などが出演し、解説をしたり討論をしたりしていた。そして表示されている番組セットの画面から、視聴者からの提供という事件直後の現場の映像に切り替わった。野次馬が遠巻きに救急車を囲む中で、救急隊員が仰向けに倒れている男を担架に乗せようとしているところだった。映像ではぼかしてあったが、土気色の皮膚にどす黒い赤色がこびりついている様子がはっきりわかる。由美は目をつむってディスプレイから顔を背けた。

――あっ

 思惟はその映像を見つめた。由美は「どうしたの?」と、画面を凝視する思惟に尋ねた。

「ちょっと、クラスメイトを見つけたかも」

「あら、そう」

 由美は興味を持ったようで、思惟の目線の先を探した。そこには野次馬の集団に混じって茫然と立つ、バンダナを巻いた一人の少年がいた。

   転落したのは誰か?

――キャー!

 誰かの金切り声を合図に、集団の中から一人の男が走り出す。陸も目を覚ましたように頭を振り、大きく深呼吸してその男の後に続いた。集団の中の男たちも走り出していた。目的地はもちろん男が転落した先である。

 先頭を走る若いジーパン姿の男に続いて陸も全力で走る。

 マンション正面の道路から、棟と棟の間の裏庭に駆け込む。

 棟と棟はかなり離れており、片側は駐車場、片側は芝生に垣根や花壇、植木が並んでいる。

 目撃した位置から考えて、屋上から転落した男は裏庭の芝生に落ちたはずだった。裏庭の中ほどには四トントラックが駐車し、アルミ製の荷台は太陽の光を反射させている。

 男たちはそのトラックの向こう側に回り込み、急に立ち止まった。そこには、頭から血を流した男が仰向けに倒れていた。うっすらと漂う鉄錆びの匂い。血の匂い。そこにはすでに白シャツの男がいた。その男は倒れた男の横にひざまずき「聞こえるか!」と血がにじむ男の耳に向かって叫んでいた。

 そこに集まった人々が一斉に駆け寄る。

――大丈夫か⁈

――救急車だ! 誰か!

 怒号が飛び交う中、陸は遠巻きに見守る集団の中にいた。

 救急隊員によって担架に乗せられた男には白シャツの男が悲愴な表情で付き添っていた。その男のオールバックの髪型は乱れ立ち、黄土色のネクタイは半分外れていた。それを気にする様子もなく、白シャツの男は「島城!」と呼びかける。そう何度も呼びかける声がマンションの壁に反響して消えた。陸は野次馬に混じって、その様子をただ見つめるしかなかった。

 五月特有の透明な太陽光線は、マンションを囲む低木の葉むらに降り注ぎ、緑色を一層濃く見せていた。

 その日夜のトップニュースは、沖縄県知事『島城大志』転落事件だった。

ワイドショー『沖縄知事転落事件』

「島城知事は幸い一命を取りとめましたが、いまだ意識は戻っていないようです」

「早く回復すればいいですね。今はどちらの病院に入院しているのでしょうか?」

「それが、報道機関をシャットアウトしていて、我々もどこで治療を行っているのかわからないんです。ただ、日本の医療水準は世界一ですから、最高の医療を受けていることを信じています」

「目撃証言によると島城知事は何者かに突き落とされたということですが?」

「はい、島城知事は自らの後援会事務所に泊まった次の日の朝、そのマンションの屋上から転落しました。警察発表をもとにバーチャル映像を用意しましたのでご覧ください」

 島城知事の転落したマンション屋上を斜め上から写した映像が画面一杯に現れる。その映像にぼんやりと影が浮かび上がったと思うと、すぐに二人のもみ合うリアルな姿が重なった。

 屋上の柵の外でもみ合う二人。一人はスーツを着た島城である。島城は、屋上の土俵際でそこから落ちないように足を踏ん張っている。それを、相撲でもするように押し込んでいるのは、機械の身体を持つアンドロイドだった。

「島城知事を屋上から落としたのは、ガーゴイル社のフロンテッジ3型アンドロイドということが判明しました。このアンドロイドは知事を突き落とした後、警察の到着まで屋上に留まっており、すぐに身柄を確保されました。このアンドロイドは島城知事後援会の所有ですが、なぜ知事を屋上から突き落としたのか現在調査中とのことです」

 アンドロイドの身体は全身艶消しシルバーである。その上から人間と同様の服を着ている。映像のアンドロイドは黒い細身のスーツを身に着けていた。しかし、その顔は一切表情を変えることのできない強張った機械のものだった。

 アンドロイドは全く表情を変えずに、その機械の手で島城の身体を制し、じりじりと押し込んでいく。抗しきれなくなった島城の身体は、空中に倒れ、そのまま落下。地面に叩きつけられた。

「なぜ知事は緊急用のパーソナルエアバッグを身に着けていなかったのでしょうか? 確か要人は必ず身に着けているということですが」

「それもわかっておりません。知事のエアバッグは後援会事務所に残されたままだったそうです。もしエアバッグを身につけていれば、地面に身体が叩きつけられる前にエアバッグが広がって何事もなかった可能性はありました」

 エアバッグの説明映像が画面上に表示される。パーソナルエアバッグを装着した男に襲い掛かる車両との衝突や高所からの転落、銃撃、殴打などの場面がスローモーションで流れる。そして身体に衝撃が加わる直前に、服の中のエアバッグが一瞬で広がり身体全体を包み込む。エアバッグに包まれた男は、少し咳をしながらも全くの無事であった。

「今回事件を起こしたのはフロンテッジ3型という一世代前のアンドロイドで、全世界にかなり普及しています。人間に危害を加えたという事例は今まで聞いたことがないのですが、あり得るのでしょうか?」

「はい、フロンテッジ3型アンドロイドの製造メーカーであるガーゴイル社は、今回の事件に対して声明を発表していますので、まずはそれをお聞きください」

 映像がガーゴイル社技術担当役員の記者会見の模様に切り替わった。役員の男は、手元の資料に目を落としながら丁寧に話し始めた。

「この度は、弊社の製造したフロンテッジ3型アンドロイドによって島城沖縄県知事に対し重大なケガをさせる事故を起こしてしまい、島城知事、ご家族の皆様、関係者の皆様にはご迷惑、ご心配をおかけしまして、誠に申し訳なく思っております。心よりお詫び申し上げます。島城知事におかれましては、一刻も早いご回復を心よりお祈り申し上げ、また、弊社にできることがあれば全力で対応させていただく所存でございます。事故の全容解明につきましては、弊社も警察に全面的に協力して当たっておりますので、この場での詳細な説明は控えさせていただきます。しかし、弊社が製造するアンドロイドには、人間に危害を及ぼすようなプログラムはしておりませんし、バグなども一切ないことを確信しております。これまで、不幸な過失事故が起こっているのは事実ですが、今回のように直接危害を加えるということは決してありません。弊社のアンドロイドをご使用いただいているみなさまには今後も安心してお使いいただけることを申し上げます」

 画面がスタジオに切り替わる。そして司会者とコメンテーターの会話が始まった。

「ガーゴイル社はこのように会見していますが、本当にアンドロイドは人間に危害を加えないと言い切れるのでしょうか?」

「そうですね。アンドロイドの頭脳である人工知能はブラックボックスでガーゴイル社にしかわかりません。そのガーゴイル社がありえないと断言しているとなれば、そう信じるしかありませんね。自動車を例にとって説明しましょう。ほんの三十年前までは、自動車は人間が自ら運転するものでした。しかし、二〇二〇年ころから人工知能による自動運転が普及し始め、今では全車両が自動運転車になっています。人間が運転していたころには毎日多数の死亡事故が発生していたのに対し、自動運転の社会では事故はほとんどなくなりました。ただ自動運転になったからといって最初から事故が全く無くなったわけではありませんでした。人間が人工知能の想定外の動きをしたときに事故が発生していたのです。突然の飛び出しなどですね。そういった事例も学習し、今では限りなく事故ゼロに近づいています。アンドロイドも自動運転車と同様です。まだ普及し始めたばかりですので、過失事故が起こるのは防ぎようがありません。ですが、アンドロイドの人工知能も学習によって能力を上げ、事故は限りなくゼロに近づくはずです。しかし、今回のように直接危害を加えたと思われる事例は過去に聞いたことがありません。そこのところは、今後警察が入って明らかにしてくれることでしょう」

「可能性としてはどんなことが考えられますか?」

「第一に人工知能の暴走。第二にプログラムの書き換えが考えられます。一番目の人工知能の暴走によって予期せぬ動きをしたという可能性ですが、人工知能が暴走した場合、フェールモードになって機能停止するようになっているはずですので、これはちょっと考えにくいと思います。次のプログラムの書き換えですが、これは悪意ある人間によって誰かを屋上から落下させるようにプログラムに仕組まれていたという可能性です。プログラムには何重にもガードが掛けられているはずですが、その内容が漏れていたとなれば、システムに侵入することもできるかもしれません。ある筋からの情報によれば、今回事件を起こしたアンドロイドは、島城知事を突き落としていないと弁明をしているようなのです。しかし、弁明するようにプログラムの書き換えがされている可能性もあります。当然、警察はこの可能性も探っているはずです」

「悪意のある人間とは?」

「それはわかりませんが、つい最近沖縄ではミサイル防衛システム『アダム』のネットワークケーブルが切断されるという事件が起こったばかりですよね。それとの関連も調査されているようです」

 ここで、コメンテーターの隣に座る妙齢の女性出演者が口をはさむ。

「島城さんって、沖縄独立主義ですよね? 沖縄独立に反対する勢力が関係しているんじゃないですか?」

「決めつけることはできませんが、可能性としてはあるでしょうね」

「それに、アンドロイドがそう簡単にハッキングされては困りますよね。なんとかしてもらわないと! 私はきっとこんなことがあると思っていましたので、アンドロイドがこう普及するのは反対だったんです!」

 女性出演者は大きな声を出して、他の出演者たちに同意を求めるように見回した。司会者は困ったように「さ、次の話題は――」と話を切った。

   平和な食卓の違和感

「背の高いバンダナの子ね?」

 由美は、映像の中に立っている紫のバンダナの少年を指さした。思惟は「そう」とうなずいた。

「クラスメイトの陸くん。そんなところに居合わせたなんて話は全然してなかったけどな」

 現場の生々しい映像からスタジオに切り替わって、司会者と出演者たちの会話のやり取りが始まった。由美と思惟は、もう興味を失ったように映像から目を離した。スピーカーから流れるワイドショーの会話は、意識の裏を素通りするBGMのようだった。

 由美と思惟は、島城知事事件のワイドショーはそっちのけでクラスメイトたちの話題で盛り上がっていた。

「あれ、パパのディスプレイが消えてる」

「あら本当。バッテリー切れかしら?」

 気が付くと、慶市郎が映っていたディスプレイの電源は切れていた。

 由美はディスプレイを再起動したが、画面上には『OFFLINE』の表示がされるのみであった。思惟は慶市郎が現れないディスプレイから目を離し、小さな声で由美に話しかけた。

「ねぇママ、パパの様子、最近おかしくない?」

「そうね、少し元気がなかったかしら。きっと疲れてるのよ」

 思惟は首を少し傾げた。

「パパ、自分のこと『わたし』って言っていた。いつもは『お父さん』って言うのに。それに、戦闘ロボットのことをあんなふうに深刻に話すこともなかった」

「そう言われればそうかもね。でもディスプレイ越しだからそう感じるだけかもしれないわよ」

「そうかなあ?」

 思惟は首を傾げたまま慶市郎のいないディスプレイを横目で見つめた。

サンプルはここまでになります。

続きは購入してお楽しみください。

イラスト 己時クナイ

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